大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)507号 判決 1971年12月22日

原告 株式会社くろがね工作所

被告 株式会社伊藤喜工作所

主文

被告は、別紙イ号図面、ロ号図面及びハ号図面記載の各学習机を製造し、販売し又は拡布してはならない。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二請求の原因

一  原告は、登録第二八四七七四号意匠(昭和四〇年六月一五日出願、昭和四三年五月二一日登録、以下本件登録意匠という)の意匠権者である。

本件登録意匠の意匠に係る物品は机であり、願書に添付された意匠を記載した図面の内容は別紙意匠公報に示されているとおりである。

本件登録意匠の特徴は、天板が左右一対の逆T字形脚体により支持され、かつ、その脚体が多数のボルト係止孔を有する逆T字形の下部脚体を天板から垂直に設置された扁平角筒状の上部脚体に摺動自在に嵌挿させ、上部脚体の側面下方部に装置された一個の調節ノブで天板の高さを調節できるように形成されていることであり、このような特徴を有する机の形状は、本件登録意匠の出願前には類を見なかった全く独創的なものである。

二  なお、本件登録意匠については、これを本意匠として類似1(昭和四〇年六月一五日出願、昭和四三年五月二一日登録)、同じく類似2(昭和四三年二月二八日出願、昭和四六年一月一三日登録)の各類似意匠登録がなされている。右各類似意匠はいずれも本意匠の前記特徴を具えており、本意匠との相異点は、

(1)  本意匠においては袖抽斗が三段で、少し天板から離して固着されているのに対し、類似1では四段になり、天板に接して固着され、類似2では最下段が深く上二段が浅い三段の袖抽斗が天板に接して固着されていること

(2)  本意匠では天板受梁がないか、類似1及び類似2では天板受梁が存在すること

(3)  本意匠では中央抽斗がないが、類似2では中央抽斗を設けていること

(4)  本意匠では上下二段の脚体が側面から見た場合それぞれ天板及び脚座の各中央位置に連結されているのに対し、類似2では天板受梁及び脚座の各中央よりやや後方にずれた位置に連結されていること

等である。

三  被告は現に別紙イ号図面、ロ号図面及びハ号図面記載の各学習机の製造、販売、拡布を行なつている。右各学習机の意匠(以下、イ号図面のものをイ号意匠、ロ号図面のものをロ号意匠、ハ号図面のものをハ号意匠といい、これらを一括して被告意匠という)の特徴は別紙説明書記載のとおりである。

四  本件登録意匠と被告意匠とを比較すると次のとおりである。

(一)  主な共通点

(1) イ号意匠、ロ号意匠及びハ号意匠に係る各学習机は、いずれも机部分と書架部分とからなつており、書架部分は机部分の背面に四本の螺子で極めて容易に着脱しうる構造となつている。従つて、この意匠に係る学習机は書架部分を取り除いて机部分のみを使用することが可能である。そこで本件登録意匠と被告意匠の机部分の形状とを比較観察すると、両者とも左右一対の高さ変更装置付逆T字形脚体を有し、しかもその脚体が多数のボルト係止孔を有する下部脚体を天板から垂設された扁平角筒状の上部脚体に摺動自在に嵌挿させ、上部脚体の側面下方部に装着された一個の大きな調節ノブで天板の高さを調節できるように形成されている点で、意匠的考案としては全く同一である。

(2) 両者とも左側脚体と右側の袖抽斗との間に断面L字形の棚板が架設されており、その架設方法は相違するが正面視に表われた棚板の形状は殆ど同一である。

(二)  主な相異点

(1) 袖抽斗は両者とも三段であるが、本件登録意匠では三段とも同じ深さであつて天板から少し離れて固着されているのに対し、被告意匠にあつてはいずれも最下段の抽斗のみが深く上二段が浅い袖抽斗が天板に接して固着されており、またその引手の形が異なる。

(2) 本件登録意匠には中央抽斗がないが、被告意匠にはいずれも中央抽斗がある。

(3) 本件登録意匠には天板受梁がないが被告意匠にはいずれも天板受梁がある。

(4) 逆T字形脚体と天板及び脚座との連結点が本件登録意匠では側面の中央位置であるのに対し、被告意匠においてはいずれも側面中失からやや後方にずれた位置となつている。

(5) 調節ノブの位置が被告意匠では本件登録意匠におけるより少し上方に寄つている。

(三)  本件登録意匠と被告意匠との間には右に述べたような若干の部分的相異がみられるけれども、右(二)の(1)、(2)、(4)の相異点は本件登録意匠とその類似2の意匠との間に、同じく(3)の相異点は本件登録意匠とその類似1及び2の各意匠との間においても見受けられるところであり、同じく(5)の相異点は微差にすぎない。従つて、全体からみれば右各相異点は極めて部分的であつて、本質的な要部に関する差異とは謂い難い。

これに反し、前記(一)の主な共通点(1)に掲げた「左右一対の高さ変更装置付逆T字形脚体で天板を支持する形状」は、本件登録意匠において看者に強い印象を与える支配的部分であり、被告意匠の机本体部分はこの点において本件登録意匠と全く一致しているから、他に若干の部分的相異が存しても、その創作の要点が似ている以上、被告意匠の机部分は本件登録意匠と類似するものといわねばならない。

五  仮りに別紙イ号図面、ロ号図面及びハ号図面記載の各学習机が被告の有する学習机についての登録第二八四三五五号意匠(昭和四一年一〇月二五日出願、昭和四三年五月一一日登録)に類似する意匠の実施品であるとしても、被告の実施する意匠は被告の右登録意匠の先願にかかる本件登録意匠を利用するものである。

意匠法第二六条にいう利用とは自己の意匠権を実施する場合、先願である他人の意匠権を全部実施することとなるが、先願である他人の意匠権を実施しても自己の意匠権を全部実施することにはならない関係をいい、利用関係が成立するためには先願である登録意匠と同一又は類似の意匠が後願である登録意匠又はこれに類似する意匠の中に独立的に存在していることが必要であるが、被告意匠にかかる各学習机はいずれも机部分と書架部分とが着脱自在であり、被告意匠中には机部分だけの意匠が独立して存在し、その部分の意匠が本件登録意匠と類似することは既に述べたとおりである。従つて、後願の被告登録意匠に類似する被告意匠を実施すれば、先願の本件登録意匠又はこれに類似する意匠を全部実施することとなり、先願の本件登録意匠を実施しても後願の被告登録意匠の全部の実施にはならない関係にある。

そうすると、本件において被告が被告意匠を実施するときは本件登録意匠との関係で意匠法第二六条にいう利用関係成立の要件を充すこととなるので、被告の右実施行為は原告の意匠権に対する侵害を構成する。

以上に述べたように、被告意匠の机部分の意匠は本件登録意匠に類似するものであつて、その権利範囲に属し、被告が被告意匠の机部分の意匠を実施することは原告の権利を侵害するものであり、仮りに被告意匠が被告登録意匠の実施に当るものとしても、右各意匠は先願の本件登録意匠を利用するものであるから、いずれにしても原告の権利を侵害するものである。

よつて原告は本件登録意匠の意匠権に基づき、被告のなす別紙イ号図面、ロ号図面及びハ号図面記載の各学習机の製造及び販売その他の拡布行為の差止を求める。

第三被告の本案前の答弁

原告は本訴において当初別紙イ号図面及びロ号図面記載の各学習机について被告のなす製造販売拡布の差止を求めていたところ、その後昭和四六年四月一六日付請求の趣旨拡張の申請書によつて別紙ハ号図面記載の学習机を差止請求の対象物件として追加した。しかし別紙ハ号図面記載の学習机についての差止請求は従来の請求と訴訟物を異にし、別訴によるべきものであるから、原告が右請求の趣旨拡張の申立書によつてなした訴の追加的変更には異議がある。

第四請求原因に対する答弁

一、請求原因一の事実中、原告が本件登録意匠の意匠権者であること及び本件登録意匠における意匠に係る物品は机であり、願書に添付された意匠図面の内容が別紙意匠公報記載のとおりであることは認めるが、本件登録意匠の特徴に関する原告の主張は争う。

本件登録意匠は、底部を横杆で連結した左右一対の逆T字形脚部の上部に天板があり、天板下方に空間をおいて三段の袖抽斗を、また袖抽斗の左側に仕切棚を設けた机の形状であり、脚部は上下二段からなり天板の高さの調節を可能にしてあり、側面形状が脚部支柱を中心として天板、袖抽斗及び脚座が基本的に前後対称をなしているものである。

原告が本件登録意匠の特徴として主張する点は本件登録意匠の出願前から国内において公然知られていた形状であつて意匠の支配的部分をなすものではない。本件登録意匠の特徴は、逆T字形脚が机の前後方向の中央位置にあり、それに袖抽斗、昇降機構のノブ、脚座足掛などの細部にわたる構成が一体的に形成されている点にある。

二、請求原因二の事実は認める。

三、請求原因四のうち、本件登録意匠と被告意匠との間に原告主張の相異点があることは認めるが、その余の原告の主張は争う。

被告の製造販売する学習机は書架と机とが一体になつたもので意匠としては単一であり、机部分と書架部分を意匠的に分離分割したりまたその各構成部分を抽出して観察することは、全体としての意匠の具有する美感と異なる別異の美感を発生させ、意匠不可分の原則に反することとなるから、机部分の意匠のみを本件登録意匠と対比して両者の類否を論ずるのは失当である。

また、仮りに机部分のみを比較の対象としても被告意匠と本件登録意匠とは各部において重要な相異点があり、意匠としては非類似である。

すなわち

(1)  机部分の正面において、両者はそれぞれ袖抽斗を天板下の右側に設け、袖抽斗の下方に空間を残した点では一致しているが、袖抽斗の上下空間の配置具合、抽斗の深さ、引手の有無その他において差異があり、それぞれ意匠の配慮を異にしていることが窺われ、また、両者ともに袖抽斗の左方に棚板を有するが、棚板の取付位置、棚板囲い板の設置部位等において意匠として趣を異にするものがあり、更に、被告意匠には本件登録意匠にはない中央抽斗が設けてあるなどの差異がみられる。

(2)  机部分の左右側面において、本件登録意匠は机の支持脚を天板の前後方向の中央位置に直立させて机の前部と後部とを左右均斉に保ち、単調な外観を呈しているのに対し、被告意匠は天板の下に接して取り付けた受梁の形状を中央から前方と後方とで異なつた態様とし、机の支持脚を受梁の中央位置より机の背面寄りに取り付け、机の前部と後部とが左右不均斉の変化ある外観を呈するようにしている。更にこの側面における外観を机の天板後端縁に取り付けた書架の側面部と一体的に見るときは、被告意匠は書架部分と机部分との釣合いを保持している点に特徴が見出され、本件登録意匠のような単調なものとは別個の印象を看者に与えている。

(3)  ただ、机部分の支持脚において両者は共に下段支柱部が上段鞘部に嵌挿されている点で軌を一にしているけれども、この構造自体は意匠に属さないものであり、意匠としてはこの支持脚が角柱形をなし、上段部が下段部より稍太目に形成されている点にあるが、この程度では特異の形状をなすものとはいえず、かかる点で一致するところがあつても、被告意匠が本件登録意匠に類似するものとなすことはできない。

(4)  被告意匠を本件登録意匠の類似1の意匠と対比しても両者の間には右(1)及び(2)の如き差異がある。なお、同類似2の意匠はもともと本意匠たる本件登録意匠と本質的に異なる非類似の意匠であるにもかかわらず、誤つて類似意匠登録がなされたものであるから、右類似2の意匠をもつて本件登録意匠の類似範囲を定める資料とすることはできない。

(5)  以上のように、机の意匠として重要な部分を占める正面及び左右側面並びにその他の部分を綜合して、被告意匠の机部分と本件登録意匠を比較するときは、両者は意匠上の特徴を異にすると共に看者に与える趣味感を異にし、類似の範囲に属さないものである。

まして、被告意匠は全体としてこれを見ると、机本件の背後に特殊な書架を取り付けてなる学習机の意匠であり、全体が均衡を保ち、本件登録意匠とは全く異なる独特の美感を表現しているのであるから、両者が類似していないことは明らかである。

四、請求原因五のうち、被告意匠がいずれも原告主張にかかる被告登録意匠と類似するものであることは認めるが、被告意匠が本件登録意匠を利用するものであるとの主張は否認する。

被告意匠の机部分が本件登録意匠と非類似であることは既に述べたとおりであるが、仮りに類似しているとしても、意匠法第二六条にいう他人の登録意匠を利用する場合とは、たとえば、ある物品の形状が他人の意匠権の目的となつている場合に、その物品の形状に更に特殊な模様を現わし、両者の結合により別個の意匠としたようなときを指すものであり、他人の登録意匠に係る物品の形状と同一又は類似の形状に新たな形状を結合して一個の物品の形状とした意匠については、同条の利用関係は成立しない。被告意匠は書架付学習机として一体不可分の意匠であるから、机部分の意匠と書架部分の意匠とが各独立して存在するものではなく、机部分の意匠を全体から分離して意匠の利用を論ずることは意匠の本質を誤るものであつて許されない。

五、原告は被告登録意匠と類似する書架付学習机を製造販売しており、これについては被告から原告に対する差止請求訴訟が別件として係属中であるが、原告はたまたま公知公用のありふれた本件登録意匠につき意匠権を有することを奇貨として、反対に被告に対し本件差止請求訴訟を提起するに至つたものである。本件登録意匠に対しては被告において登録無効審判を請求中であり、原告の本訴請求はまさに権利の濫用である。

第五証拠関係<省略>

理由

第一請求の追加による訴変更の許否についての判断

原告は本件訴状において別紙イ号図面及びロ号図面記載の各学習机につき被告のなす製造販売拡布行為の差止を求めていたところ、本訴係属中昭和四六年四月一六日付請求の趣旨拡張の申立書により、従来の請求を維持しつつこれに加えて新たに別紙ハ号図面記載の学習机につき被告のなす製造販売拡布行為の差止を求めるに至つた。右新請求の追加につき被告は異議を述べるので、これを許すべきか否かについて判断を示すこととする。

従来の請求と追加された新請求とは差止を求める対象物件を異にし、従つて訴訟物を異にすることは被告主張のとおりである。しかし、原告の請求はいずれも同一意匠権の侵害を理由として、被告のなす各種学習机の製造販売拡布行為の差止を求めるものであるから、請求の基礎は同一とみるべきである。しかもハ号図面記載の学習机は、イ号図面及びロ号図面記載の各学習机と比べ微細な部分については差異あるものの基本的形状において大差なく、意匠権侵害の成否に関する争点は新請求についても従来の請求のそれと全く同一であるから、新請求の追加により著るしく訴訟手続を遅滞せしむべき場合に当らないことが明らかである。

従つて、原告のなした新請求の追加は適法であつて、これを許容すべきである。

第二本案についての判断

一、原告が本件登録意匠の意匠権者であること、本件登録意匠における意匠に係る物品は机であり、願書に添付された意匠図面の内容が別紙意匠公報記載のとおりであることは当事者間に争いがなく、右意匠公報記載の説明及び図面によれば、本件登録意匠の構成は次のとおりであると認められる。

「脚座に上下二段からなる天板脚を直立させて据え付けた逆T字形脚を長方形の天板の左右両側部中央位置に取り付け、この天板脚の上段は扁平角筒状の鞘部とし、下段は多数のボルト係止孔を有する支柱となして上段の鞘部に嵌挿し、上段鞘部の側面下端付近に設けた花形輪廓の調節ノブ一個により天板の高低を調節しうるようにし、下段支柱の下端付近で角棒状の横行をもつて左右天板脚を連結し、天板右下内側に天板脚と接し天板との間に空間を置いて三段重ねの袖抽斗を設け、三段の各抽斗の深さは同等とし、袖抽斗の正面巾は両天板脚の中間未満の巾とし、袖抽斗底部の高さは天板脚の上下接続位置と同じくして下方に空間を残し、袖抽斗の奥行は天板脚を境として前後同等に表われるようにし、袖抽斗の左側に接して二段目の抽斗の底部と同じ高さに棚板を設け、この棚板の前縁左端は左側の天板脚に接し、その後縁は上方に折曲し、なお棚板左端は天板から垂下した鉤状の支持片をもつて支持してなる机の形状」

二、被告が現に別紙イ号図面、ロ号図面及びハ号図面記載の各学習机を製造し、これを販売拡布していること並びに右各学習机の意匠の特徴が別紙説明書記載のとおりであることは、被告において明らかに争わないところであるから、これを自白したものと看做す。右争いのない被告意匠の特徴と別紙イ号ないしハ号図面の表現とを綜合すると、被告の実施する各意匠は、机に書架脚をもつて書架を結合させたもので、その構成は付属的部分に関し多少差異はあるものの、イ号意匠、ロ号意匠及びハ号意匠のいずれも、机部分は

「長方形の天板の左右両側部下方に前方下面を少し削いだ天板受梁を設け、脚座に上下二段からなる天板脚を直立させて据え付けた逆T字形脚を天板の中央よりやや後方寄りの位置で右天板受梁に取り付け、この天板脚の上段は扁平角筒状の鞘部とし、下段は多数のボルト係止孔を有する支柱となして上段の鞘部に嵌挿し、上段鞘部の側面下端よりやや上方に設けた円形輪廓の調節ノブ一個により天板の高低を調節しうるようにし、脚座の下段支柱取付部位直下に角棒状の横杆を設けて左右の脚座を連結し、天板右下内側に天板裏面及び天板脚と接して三段重ねの袖抽斗を設け、その三段の各抽斗の深さは上二段が同等で最下段はこれより深くし、各抽斗前面に浅い椀状輪廓の引手を設け、袖抽斗の正面巾は両天板脚の中間未満の巾とし、袖抽斗底部の高さは天板脚の上下接続位置と同じくして下方に空間を残し、袖抽斗の奥行は天板脚を境にして前方が後方より大きく表われるようにし、袖抽斗の左側に接して最下段抽斗底部と同じ高さに棚板を設け、この棚板前縁左端は左側の天板脚に接し、その後縁及び左端縁は上方に折曲し、棚板上方の天板直下に浅い中央抽斗を設けてなる形状」

であり、書架部分は

「机本体の天板背面端縁の左右両側部内方に各一本の書架脚を天板と直角にそれぞれ取り付け、書架脚上半部に側板を突設し、左右書架脚間に横杆を設け、左右側板間に棚板を取り付け、仕切りを付してなる形状」であることが認められる。

三、本件登録意匠と被告意匠とを全体的に対比観察すると、本件登録意匠は単なる机の意匠であるのに対し、被告意匠は机に書架を結合して一個の物品となした学習机の意匠であつて、両者の意匠にかかる物品は同一性がなく、被告意匠は単なる机のみの意匠とは異なる審美感を惹起せしめるものと認められるから、意匠全体を比較すれば両者は非類似であるといわねばならない。

四、原告は、被告意匠は本件登録意匠を利用するものである旨主張し、被告はこれを争うので、まず、意匠の利用に関する当裁判所の見解を明らかにすることとする。

意匠の利用とは、ある意匠がその構成要素中に他の登録意匠又はこれに類似する意匠の全部を、その特徴を破壊することなく、他の構成要素と区別しうる態様において包含し、この部分と他の構成要素との結合により全体としては他の登録意匠とは非類似の一個の意匠をなしているが、この意匠を実施すると必然的に他の登録意匠を実施する関係にある場合をいうものと解するのが相当である。意匠法第二六条は登録意匠相互間の利用関係について規定するが、意匠の利用関係のみについていえば、他の登録意匠を利用する意匠はそれ自体必ずしも意匠登録を受けている意匠である必要はなく、意匠の利用関係は登録意匠と未登録意匠との間にも成立するものであり、他人の登録意匠又はこれに類似する意匠を利用した未登録意匠の実施が、他人の当該意匠権の侵害を構成することは勿論である。ところが、意匠権者は登録意匠及びこれに類似する意匠の実施を有する権利を専有する(意匠法第二三条)ところから、他人の登録意匠又はこれに類似する意匠を利用した意匠が偶々自己の登録意匠又はこれに類似する意匠である場合には、利用された側の意匠権者の独占的排他権と利用する側の意匠権者の実施権とが衝突するため、両者の関係を調整する必要がある。意匠法第二六条はかかる場合双方の登録意匠の出願の先後関係により先願の権利を優先せしめ、後願の登録意匠又はこれに類似する意匠が先願の登録意匠又はこれに類似する意匠を利用するものであるときは、後願にかかる意匠権の実施権をもつて先願にかかる意匠権の排他権に対抗しえないこととしたのである。

意匠の利用関係が成立する態様は、大別すると次の二つとなる。その一は意匠に係る物品が異なる場合であり、A物品につき他人の登録意匠がある場合に、これと同一又は類似の意匠を現わしたA物品を部品とするB物品の意匠を実施するときである。その二は意匠に係る物品が同一である場合であり、他人の登録意匠に更に形状、模様、色彩等を結合して全体としては別個の意匠としたときである。右のいずれの場合であつても、意匠中に他人の登録意匠の全部が、その特徴が破壊されることなく、他の部分と区別しうる態様において存在することを要し、もしこれが混然一体となつて彼此区別しえないときは、利用関係の成立は否定されることを免れない。

さて、以上の見地に立つて本件をみるに、被告意匠に係る学習机は、机部分と書架部分とを結合してなるもので、構成部品として机を包含し、しかも外観上机部分と書架部分とは截然と区別しうるものである。従つてもし被告意匠の机部分が本件登録意匠と類似すると認められる場合には、被告は原告の登録意匠と類似の意匠を現わした机を部品とする学習机の意匠を実施することに帰するので、ここに利用関係の成立が肯定されることとなる。

被告は、被告意匠は書架付学習机として一体不可分の意匠であるから、机部分の意匠と書架部分の意匠とが各独立して存在するものではなく、机部分の意匠を全体から分離して意匠の利用の有無を論ずることは意匠の本質を誤るものであつて許されないと主張する。しかし、右主張は意匠の類否の問題と意匠の利用の問題とを混同するものというべきである。すなわち、意匠は、その全体から一個の美感が生ずるものであつて、意匠の類否は結局類似した美感を与えるか否かにかかつているから、類否の判断にあたつては意匠の全体を相互に比較すべきことはいうまでもない。これに反して、意匠の利用関係の有無は、双方の意匠が全体観察においては非類似であることを承認しつつ、一方の意匠中に他の登録意匠の全部が包含されているか否かを問題とするものであるから、その判断は、一個の意匠を構成する一部が登録意匠全部と同一又は類似であるかを検討することによつてなされるべきことはむしろ当然である。従つて、意匠の利用の観念が認められている以上、利用関係の成否を論ずるに当り一個の意匠の一部を分離して観察の対象とすることは決して意匠の本質を誤るものではなく、これと相容れない被告の主張は当裁判所の採用しないところである。

五、そこで、本件登録意匠と被告意匠の机部分とを対比して両者の類否を検討する。

(一)  両者は、脚座に上下二段からなる天板脚を直立して据え付けた逆T字形脚によつて天板を支持し、天板脚の上段は扁平角筒状の鞘部とし、下段は多数のボルト係止孔を有する支柱となして上段の鞘部に嵌挿し、上段鞘部の側面下部寄りに調節ノブ一個を設けて天板の高低を調節しうるようにし、左右天板脚を底部付近において角棒状の横杆により連結し、天板右下内側に天板脚と接して三段重ねの袖抽斗を設け、袖抽斗の正面巾は両天板脚の中間未満の巾とし、袖抽斗底部の高さは天板脚の上下接続位置と同じくして下方に空間を残し、さらに袖抽斗の奥行は天板脚部の前後にまたがり、袖抽斗の左側に接して底部寄りの高さに棚板を設け、この棚板の前縁左端は左側の天板脚に接し、後縁は上方に折曲した形状である点において一致している。その反面、両者の間には次のような差異があることが認められる。

(イ) 本件登録意匠では天板左右両側の中央位置に直接天板脚を取り付けているのに対し、被告意匠の机部分は天板下に前方下面を少し削いだ天板受梁を設け、天板の中央よりやや後方の位置で天板受梁に支持脚を取り付けている。

(ロ) 左右天板脚を連結する横杆の取付位置が、本件登録意匠では床面よりやや高いのに対し、被告意匠における横杆の取付位置は殆ど床面に接している。

(ハ) 本件登録意匠では袖抽斗と天板裏面との間に空間があるのに対し、被告意匠の袖抽斗は天板裏面に接して設けられている。

(ニ) 本件登録意匠の袖抽斗は三段とも同じ深さであり、引手を設けていないのに対し、被告意匠では抽斗の上二段が同等で最下段がこれより深くなつており、また引手が設けられている。

(ホ) 天板脚上段鞘部側面の調節ノブが本件登録意匠では花形輪廓をなし、鞘部最下端付近に設けられているのに対し、被告意匠では円形輪廓をなし、鞘部最下端よりやや高目の位置に設けられている。

(ヘ) 袖抽斗左側の棚板は、その取付位置が本件登録意匠では袖抽斗底部より上方であるのに対し、被告意匠では袖抽斗底部と同じ高さになつており、かつ、棚板左端部には本件登録意匠では支持片があるのに対し、被告意匠では支持片がなく、その代りに囲い板が設けてある。

(ト) 被告意匠の机部には本件登録意匠にはない中央抽斗が設けてある。

(二)  ところで、本件登録意匠については、これを本意匠として類似1、2の各類似登録が存し、右各類似意匠は本意匠との間に原告主張二の(1)ないし(4)の差異あるにもかかわらず類似意匠として登録されたものであることは当事者間に争いがない。従つて右(1)ないし(4)の差異、詳言すれば、袖抽斗が天板裏面から離して取り付けられているか否か、その段数が三段であるか四段であるか、袖抽斗各段の深さが同等であるか否か、天板受梁があるかないか、中央抽斗があるかないか、天板支持脚の取付位置が天板側面の中央位置に当るかそれともやや後方にずれているか等の差異は、本件登録意匠の要部に関しない差異であることが推認できる。この点に関し、被告は、類似2の意匠は本件登録意匠とは本質的に異なる非類似の意匠であるにもかかわらず誤つて類似意匠として登録されたものであり、本件登録意匠の類似範囲を定める資料とはなしえない旨主張するけれども、右類似2の意匠が本意匠に類似するものとして登録されている以上、侵害訴訟において右類似意匠登録の効力を争うことは許されないから、被告の右主張は失当である。

以上の事実を考慮し、これに成立に争いのない甲第三、四号証及び証人高田忠の証言を参酌すると、本件登録意匠の中核をなす特徴と認むべき点は、脚座に上下二段からなる天板脚を直立して据え付けた逆T字形脚によつて天板を支持し、天板脚の上段は扁平角筒状の鞘部とし、下段は多数のボルト係止孔を有する支柱となして上段の鞘部に嵌挿し、上段鞘部の側面に設けた調節ノブにより天板の高さを調節しうるようにし、天板脚底部付近において角棒状の横杆をもつて左右の逆T字形脚を連結し、天板下に天板脚の前後にまたがつた奥行きを有する袖抽斗を設けた形状にあるものと解せられ、被告意匠の机部分がこの点において本件登録意匠と軌を一にしていることは既に認定したとおりである。

(三)  被告は右認定の本件登録意匠の特徴と認むべき点はその出願前から国内において公知であつた旨主張し、成立に争いのない乙第四及び同第一二号証に資料として添付されている登録第二四八一三四号意匠(昭和三九年六月二日出願)の意匠公報図面には、天板を左右一対の支柱で支持し、この支柱を上下二段として二段とも側面に多くのボルト係止孔を設け、下段を上段に嵌挿してボルト止めすることにより天板の高低を調節するようにした机の形状が示されているけれども、右登録意匠の机は脚座と下段支柱が一体をなし、支柱の下端がラツパ状に広がつて脚座となつており、逆T字形とは些か趣きを異にするうえ、両脚座は半円状の切欠きを有する矩形の底板によつて連結され、袖抽斗も設けられていないものであり、これらの点において本件登録意匠とは顕著な差異があることが窺われる。その他本件に顕われた資料によつては、未だ被告の右主張事実を肯認するに足りない。

(四)  そして、本件登録意匠と被告意匠の机部分との間の相異点としてさきに指摘した(一)の(イ)ないし(ト)の諸点のうち、(イ)(但し、受梁先端が削いである点を除く)、(ハ)、(ニ)(但し、引手の点を除く)及び(ト)の差異は、本件登録意匠とその類似2の意匠との間にもみられるところであり、その余の相異点は全体からみれば微細な差異であつて、いずれも本件登録意匠の要部に関する差異とはいえず、これらの差異があるため被告意匠の机部分が本件登録意匠と異なつた印象を看者に与えるものとは認め難いところであるから、被告意匠の机部分は本件登録意匠と類似するものと認めるのが相当である。

六、そうすると、被告意匠は本件登録意匠に類似する机の意匠の特徴を生かしそのまま包含しているものというべく、しかも被告意匠中において右の机部分が書架部分と外観上截然と区別しうることは既に認定したとおりであるから、被告意匠を実施するときは必然的に本件登録意匠を実施する関係にあることが明らかであり、結局、被告意匠は本件登録意匠に類似する意匠を利用するものであるといわねばならない。

以上の認定・判断と異なる、成立に争いのない乙第一号証、同第四号証及び同第一二号証の各鑑定書記載の意見並びに証人玉川喜代治の証言は、いずれも採用しえない。

ところで、被告意匠が被告の有する学習机についての登録第二八四三五五号意匠(昭和四一年一〇月二五日出願、昭和四三年五月一一日登録)に類似する意匠であり、被告意匠の実施が右登録意匠の意匠権に基づく実施とみられることは当事者間に争いがないけれども、被告の右登録意匠は本件登録意匠より後願にかかるものであるから、被告が自己の登録意匠の意匠権に基づく実施権をもつて原告の本件登録意匠の意匠権に基づく排他権に対抗しえないことは意匠法第二六条第二項の規定上明らかであり、畢竟、被告の実施行為は原告の本件登録意匠の意匠権を侵害するものというべきである。

七、被告は、原告が本件登録意匠の意匠権に基づき被告に対し差止請求権を行使するのは権利の濫用であると主張するが、右主張は本件登録意匠がその出願前から公知公用であつたことを前提とするものであるところ、かかる前提事実を認めるに足りる証拠はないから、被告の右主張は失当である。

八、よつて、被告のなす別紙イ号図面、ロ号図面及びハ号図面に記載の各学習机の製造販売拡布行為の差止を求める原告の本訴請求は正当であるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大江健次郎 近藤浩武 庵前重和)

(別紙)

図面の説明書

一、イ号、ロ号、ハ号各意匠に共通する点

学習机の天板の右下方に袖抽斗及び多数のボルト係止孔を有する逆T字形の下部脚体を天板から垂設された扁平角筒状の上部脚体に摺動自在に嵌挿させ、上部脚体の側面下方部に装着した一個の調節ノブで天板の高さを調節できるようにした机支持脚が存在し、これと対応して天板の左下方にも同様の支持脚を設け、さらに天板上面奥部に着脱自在の書架支柱を設けてこの上部に書棚を設置した意匠の学習机

二、イ号意匠とロ号意匠との相異点

(一) ロ号意匠では、右端部棚板下面にコンセント二個、棚板下部奥にスライドプレートがそれぞれ取り付けてある。

(二) 天板奥の本当り左側の部分は、イ号意匠では取外し自由の時間表を取り付けてあるが、ロ号意匠ではその枠に温度計、湿度計を取り付け、枠の厚みを厚くして筆立兼用にしてある。

(三) ロ号意匠では、螢光灯の見付け厚みを厚くしてあり、本当りの取付けをネジ止めにしてある。

(四) イ号意匠とロ号意匠では、上部脚体の高さ表示窓の形状が異なる。

(五) イ号意匠に属するTL型及びロ号意匠に属するTLA型にあつては、書架前面右端のトレー(小抽斗)は二箇取り付けてあり、TLA型のトレー一箇は時計と差替えられるようになつている。またロ号意匠に属するTMA型のトレーも時計と差替えられるようになつている。

三、ハ号意匠とイ号及びロ号意匠との相異点

(一) 机側面にあるカバン掛け用フツクの位置がイ号、ロ号では天板脚より後部についているのに対し、ハ号意匠では前部についている。

(二) ロ号意匠では下部脚体に机の高さを表示する数字が示されており、上部脚体の下部に設けた角窓に数字が現われるような装置になつているが、ハ号意匠ではロ号意匠にあつた上部脚体の角窓がなく、上部脚体下部に設けた表示板の下面に数字を合わせて机の高さを調節するようになつている。

(三) イ号及びロ号意匠では下部脚体に記された数字は机の高さのみの表示であるが、ハ号意匠では身長を示す数字も併記してある。

登録第284774号出願昭40.6.15意願昭40-16515

登録昭43.5.21

意匠に係る物品 机

説明 本物品は高低可能を成したもので参考図(A)は脚を延ばした場合、(B)は脚を縮めた場合の斜視図である、脚部の最低に於ける平面図、下面図は脚部の最高に於ける平面図、下面図と同一にあらわれる。

図<省略>

(イ)号図面<省略>

(イ)号参考図の一<省略>

(イ)号参考図の二<省略>

(ロ)号図面<省略>

(ハ)号参考図の一<省略>

(ロ)号参考図の二<省略>

(ハ)号図面<省略>

(ロ)号参考図の一<省略>

(ハ)号参考図の二<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例